過食の本質イメージ

 

 

むちゃ食いや過食の根本的原因は不足感にあります。

足りない、満たされない、満足できない…
そういった深い部分からの不足感が代替行為としての食べ過ぎを創り出しています。

本当は食べ物の質より、習慣より、太るか痩せるかよりも、
本質的には自分自身の深い部分における不足感こそが過食という代替行為を創り出しています。

それはアルコール依存や恋愛依存、親への依存などに関しても同じです。
満たされることを求めて、満足を求めて補償行為や代替行為が繰り返されます。

補償行為とは、足りない何かを埋めるために違う何かで証明しようという行為です。
誰かから認められるために成功しようとするのもそうですし、
お金を稼ぐことや名声を得ることでそれを得ようとする人もいます
自信と箔をつけるために資格ばかりをを取ろうとする人もいます。

もちろん、お金を稼ぐことも資格を得ることも大切なことです。
けしてそれ自体に問題があるわけでも間違っているわけでもありません。

しかしどれだけお金を稼ごうと資格を得ようと、深い部分が埋まらないならば…

やってもやってもきりがない感じがするならば…
それは補償行為です。
自分の深い部分には、それでは本当は満たされない欲求が存在しています。

そして代替行為というのは、何かを求めながらそれが何かよくわからないので違う何かで埋め合わそうとする行為です。
むちゃ食いや過食、過食嘔吐、アルコール依存、ギャンブル依存などの依存症的傾向として現れます。

 

 


そういった行為の奥底にあるものが根本的な不足感です。

どれだけ達成しても何かが埋まらないなら…
どれだけ証明しようがすぐにまだ足りないという気がして次の何かを追い求めてしまうなら…
どれだけ繰り返しても心から満足できず虚しさと物足りなさを感じてしまうなら…
それはもっと根本の部分に存在する不足感から派生しています。



どうすればこの不足感というものを埋めることができるのでしょうか?

この不足感の正体は何なのでしょうか?


それは…

 

深層意識と自我のアンバランスから生じています。
簡単にいうと自分の奥底とつながっていない状態です。

深層意識には個としての自分の種子が存在しています。
この人生というステージで個としての自分が体験しようとしている希があります。

それは自分自身のさまざまな経験のベースとなるデザインです。
種子の中に存在するその植物の完成形ともいえる設計図のようなものです。
そしてそこにはそれぞれのデザインに沿った個としての才能や能力があります。
さらにそれを現実として表現してゆく力が用意されています。

その力と離れてしまっているたよりなさ。
本当はそこに存在することを知っていながら使えないことから生じる無力感。
どこに向かって進んでいるのかがわからなくなるような不安定感。

それこそが根本的不足感、不満足感の正体です。

 

不足感の正体はイメージ

過食などの代替行為や、きりのない補償行為から自由になるということは…

自分自身の深いところにある不足感を失くすということです。
それはけして食べ物や他人への証明だけでは埋めあわせできません

心から満足するということは、
不足感への補償行為で時間を埋めることではありません。
心から楽しむためには、本当に自分自身が満たされる状態への理解から行動しなければなりません。

自分という根本にある自分の理想とするデザイン。
それを知ることは全体自己としてのバランスを取り戻す行為となります。

そして気づきます。
不足感とは実は自分との乖離であったということに。

その時に過食などの代替行為や補償行為は手放せます。
もう自分には必要がなくなるからです。


 

自分バランスを整えるということは、頭と無意識と深層意識をバランスするということです。

 

言葉を変えると、意識的な心と脳と精神性の持つ志向性をバランスするということです。

 

人はどんなことにおいても自分の中に求める理想があります。

どんな問題であろうと自分の中に答えを持ち合わせています。

それは何かで代替する必要のないことです。

それは誰かに埋め合わせてもらったり誰かに証明する必要のないことです。

 

過食・むちゃ食い…

 

それは本当に望んでいることではありません。

それはまったく必要のない行為です。

本当に望んでいるのは、本来の自分を取り戻すことです。

今まで生きてきた中で、さまざまな個人的体験と周囲からの情報の中で見失ってきた…

迷子になっている本来の自分を取り戻すことです。

 

自分を深い位置からバランスできたとき、理由のわからない不足感は消え去ります。