自己肯定とは必然の自分を生きることです。

偶然の中に生きることは自分を無力にします。

必然と一致して生きることは自分の活力を取り戻します。

偶然の中にあるのは自由ではありません。

必然という信頼の上に選択という自由意志が発揮されます。

 

偶然に生きてますか?

 

 

自然を観察していると気づくことがあります。

それは、自然を貫く必然的デザインが存在するということです。

それは法則性に沿って創られています。

それは全体性に則って完璧なまでにデザインされています。

 

もちろん全体性を損なう不自然さや偏りを起こすことは可能です。

(主に人間が関与することで作り出されるアンバランスですが)

しかし、そこに生じたアンバランスはホメオシタシスと呼ばれる恒常性によって回復されます。

天候の不順や虫やその他の生態系すべてが関与することによってバランスは回復される方向に進みます。

長い目で見た場合、自然は必然的デザインの中に存在しています。

それは人知を超えた完璧なバランスです。

 

偶然に生きますか? 必然を生きますか?

実はそれは、人間にも当てはまります。

 

あなたは自分を、人生を、偶然の産物だと思っていますか?

それとも完璧な全体性の中に必然性を持って生きていると感じますか?

 

たまたま重なった偶然の中で、たまたま偶然の賜物として、たまたま起きる偶然に左右される。

もしそうだとすると…

自分がちっぽけな存在だと感じてしまいませんか?

自分が無力で大きな力には抗えない存在だと感じてしまいませんか?

 

 

すべてが偶然だとすると、

一見するとあらゆる可能性があるように聞こえるかもしれません。

しかし実のところは…

拠り所のない不安定さの上に生きているように感じませんか?

起きてもいない未来に怖れと不安を感じませんか?

たまたま起きてくる偶然に怯える無力な被害者になってしまいませんか?

 

自分の全体性の中に存在する完璧なデザイン。

それは本来の自然な自分の姿です。

 

そこに内包された全ての可能性を選択し得ること。

それこそが本来の自由意思による現実創造です。

 

それは自分の全体性への信頼の上に立ってこそできる体験です。

全体への信頼があってこそ、今この瞬間を全力で楽しめます。

楽しければそれでいい、というような不自然な個人主義とは違います。

見たくないことからは目を背ける、という形を変えた無力感ではありません。

 

無力で無価値な自分を生きることをやめにしませんか?

自己の全体性と一致した自然な自分を取り戻して。

自分と世界への本当の信頼を取り戻しましょう。

 

自然な自分の中には本来完璧なデザインが存在しています。